紀州のドンファンの自宅住所は田辺市朝日が丘!外壁タイルの画像が完全一致

和歌山田辺市の資産家として知られる紀州のドンファンこと野崎幸助さん。

2018年に謎の死を遂げ、未解決のまま3年の月日が経過しました。

そんな資産家の野崎幸助さんですが、自宅(大豪邸)の住所はどこなのか気になりますよね!

そこで今回は、紀州のドンファンこと野崎幸助さんの自宅住所について調査してみました。

紀州のドンファン(野崎幸助)の自宅住所は田辺市朝日が丘と判明

資産家といわれる野崎幸助さんは和歌山県田辺市に住んでいたということが知られていますが、田辺市朝日が丘だということが特定されています。

住所は、646-0027和歌山県田辺市朝日ケ丘15-10です。

 

そして田辺市朝日が丘の周辺地図がこちら。

ちなみに野崎幸助さんが経営していた会社「株式会社アプリコ」も自宅周辺にあり、住所は和歌山県田辺市朝日ヶ丘17-5ローヤルピロポビル1階です。

大島てるに紀州のドンファンの自宅が事故物件として掲載される

野崎幸助さんの自宅は和歌山県田辺市朝日が丘にあるということが判明しましたが、実は野崎幸助さんの自宅は、事故物件を取り扱うことで有名な大島てるさんのサイトに搭載されていたのです。

 

大島てるさんの事故物件サイトでは【平成30524 不審死】となっていました。

紀州のドンファン大島てる

野崎幸助さんが亡くなったのは524日ですし、場所も和歌山田辺市朝日ヶ丘15-10と記載されていたので一致します。

ただ、現在は大島てるさんの事故物件サイトには搭載されていないようなので削除された可能性が高そうです。

 

おそらく野崎幸助さんの自宅住所が特定できたのは、大島てるさんの事故物件サイトに搭載されていたからなのではないかと思います。

搭載されていた時点では不審死となっていますが、妻の須藤早貴さんが野崎幸助さん殺人容疑で逮捕されたので殺人がおきた事故物件といえますね。

自宅外壁タイルが紀州のドンファンの自宅画像と完全に一致

Googleマップで野崎幸助さんの自宅住所を入力すると、ピンクと白のオシャレな外壁タイルの自宅画像が出てきます。

資産家と言われるぐらいなので大豪邸を想像していましたが、意外と普通の自宅でした。

 

ですが、立派な佇まいですし、オシャレな外壁タイルなので野崎幸助さんのこだわりが詰まった自宅だということが伺えますね。

野崎幸助さんの自宅がここだと特定できたのは、自宅の外壁タイルが報道されていた写真と一致してたというのも理由の1つなのです。

パトカーが止まっていたり、報道陣がたくさん集まっていますし外壁画像もgoogleマップに搭載されているものと一致しますね。

このことから、紀州のドンファンこと野崎幸助さんの自宅は和歌山県田辺市朝日ケ丘15-10で間違いないでしょう。

紀州のドンファン(野崎幸助)の自宅は現在誰が住んでいる?

野崎幸助さんが住んでいた田辺市朝日が丘の自宅ですが、野崎幸助さんが亡くなってから現在は誰が住んでいるのか気になっている人も多いのではないでしょうか?

 

野崎幸助さんの元妻である須藤早貴さんが住んでいたのでは?と思っている人もいるのではないかと思います。

旦那と住んでいた自宅に妻が住み続けるというのはよくあることですよね。

 

ですが、元妻である須藤早貴さんが田辺市朝日が丘の自宅に住んでいた可能性は低いです。

なぜなら須藤早貴さんは野崎幸助さんが亡くなった後、東京のマンションに住んでいるということがわかっているからです。

 

野崎幸助さんの自宅には、家政婦も来ていましたが家政婦が住んでいる可能性ももちろんありません。

 

このことから、現在は田辺市朝日が丘の自宅には誰も住んでいません。

周辺住民によると、財産が市に寄贈されるとのことでたまに田辺市の職員が草を狩りにきているのだとか。

 

野崎幸助さんが亡くなって3年、この間誰も住んでいないこの自宅は、草木が伸びて荒れ放題になっているようですね。

大豪邸とまではいかないまでも、立派な自宅なのでメンテナンスは大変でしょうね。

紀州のドンファン(野崎幸助)はなぜ金持ちになったの?収入や資産額は?

資産家だった野崎幸助さんですが、なぜお金持ちになったのか気になりますよね。

実は野崎幸助さんがお金持ちになったのは面白い理由からでした。

 

その気になる理由は「いい女を抱くため」でした。

野崎幸助さんは、これまでに4000人の美女に30億円をつぎこんでいるとのこと。

ちなみに紀州のドンファンというのは、このように派手に女性と遊んでいたからなのですね!

とはいってもやはり、お金持ちになるためにたくさん努力をされてきたのでしょう。

 

野崎幸助さんの実家はそれほど裕福な家庭ではなく、中学卒業後は酒造メーカー訪問販売員、金融業などさまざまな商品を手掛けて働いていたそうです。

そして主婦を相手に大人用グッズの実演販売をして、サラリーマンの月収3倍ほど稼いでいたのだとか。

 

その後、自分の稼いだお金で投資や金貸業をし、着々と資産を増やしていったのです。

亡くなる前も株式会社アプリコの経営者として働いていました。

 

野崎幸助さんがどれくらい稼いでいたのか気になりますよね。

どれくらい稼いだいたのか明確な収入額は不明ですが、資産額は約13億5000万円ほどあったとされています。

 

ちなみに、この遺産は野崎幸助さんの遺書に「死後に全財産を市に寄付する」と記載されていたようで、現在も遺産相続では揉めているみたいです。

まとめ

  • 紀州のドンファンの住所は和歌山県田辺市朝日ケ丘15-10
  • 大島てるの事故物件サイトに搭載されたことがある
  • 現在自宅は空き家
  • 資産額は約13億5000万円ほど

お金持ちになった理由は女性と遊びたかったからなのですね。

紀州のドンファンと言われている理由もわかりました。

 

女性と遊びたいという目的があったからこそ野崎幸助さんは努力を積み重ねて資産家に慣れたのでしょう。

野崎幸助さんが亡くなってから3年が経ちましたが、この間に大島てるさんの事故物件サイトに搭載されていたこともありました。

 

搭載当時は不審死とされていましたが、事件こら3年が経ち、元妻の須藤早貴さんが殺人容疑で逮捕されたので、殺人事件が起こった事故物件だといえますね。

現在野崎幸助さんの自宅は誰も住んでおらず空き家となっていますが、今後売りに出されることはあるのでしょうか。

 

また、今後約13億5000万円ほどの遺産がどうなるのかも気になるところです。

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